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2008年03月16日 / それは考えすぎて、普通に喜んでいたんじゃないの?

 3月14日っていうのは母親の誕生日なんですけど、2005年の時にこんな日記をアップしていたんですよ。

今日は母親の誕生日だったので、ケーキを作ってお祝いしてあげました(マジ話)。

ひさびさに作ったのだけど、やっぱ楽しいね。
ロールケーキにも挑戦したのだけど、これは難しい。意外に技術がいる。いちごケーキの方は簡単だった。

というわけで、みんなもレッツトライ。

 この時、読者の方々は「なんて母親想いの優しい管理人なのだろう」と感じたことだろうと思う。そして涙したんだと思う。だって今時、誕生日に手作りケーキを作ってあげるオッサンなんてなかなかいないわけですよ。我ながら凄いでしょ? あの鎧塚俊彦だって、川島なおみには作ったとしても、母親に対しては作らないでしょう。だから、おじさんは凄いと自画自賛だったわけです。

 だがしかし。あれから3年も経っておじさんも色々と変わってしまいました。あれこれと考えるのが面倒になってしまいました。プレゼントとか、ケーキとか、そういうのを用意するのが……その……億劫になってしまったわけです。『次長課長』の河本さんは、未だに母の日と誕生日にはオカンにプレゼントを贈っているという話ですが、それは本当に心の底から尊敬します。

 そんな僕の今年のプレゼントですが……なんと現金1万円でした…。福本伸行の世界観なら実弾と同等の品をプレゼントしてしまったわけです。ぶっちゃけ、これは究極なわけですよ。プレゼントというのは、贈る人のことをどれだけ考えられるのか、そこに価値があるわけですから。それが現金では全く成立しない。

 どれにしようか、これにしようか――とあれこれ思考を巡らすことに意味があるわけです。それが例え1000円や2000円のプレゼントであったとしても、そこに想いがあるのなら、それが最高のプレゼントと成りうるわけです。良くプレゼントを贈る相手に対して「何がいい?」とか聞く人がいますが、それはダメで「何を贈ったら相手が喜ぶのか?」を考えて、自分で選ぶことが大切なわけです。

 それが1万円――。もうね。我ながら最低だと思う。これじゃプレゼントじゃなくて、単なる入金ですよ。日頃の感謝の気持ちも糞もない。

 ――だけど、母親はそれを有り難く受け取ってくれたんです。もうね。「きゃっほー、ありがとー」と感情を剥き出しにして喜んでくれたわけです。僕はそんな母親の心遣いが有り難いと思った。こんな心ないプレゼントなのに、あんなにも喜んでくれるなんて。本当は「なんて気持ちがないのだろう」と思っている筈なんですよ。「こんなのプレゼントじゃない!」くらいのことは思っている筈なんですよ。だのに、あの喜びよう。かなりの喜びよう。喜びよう。

 だから、僕はそんな母親の心遣いにとても感謝しました。そして、誓ったのです。次回はもっとキチンとしたものを贈ろう――と。

 お母さん、こんな息子でごめんなさい。

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